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2009年11月12日 (木)

からくちご免テーターのミステリー推理作法 その1

基本的には、ミステリー小説の犯人推理法について述べていきます。現実に起きた事件の犯人探しは、絶対ににはしません。本当かどうかも確かでないマスコミ報道を元に話を進めると、いろいろな方にご迷惑をかけるので、やりません。もし、その手の推理がお好きな方は、別のサイトでどうぞ。

ミステリー小説を推理ゲームの元にするのには、理由があります。これは、作家心得として、証拠や証言と言った情報は、基本的には全て公表、つまり、小説の中に書かなければいきません。警察のように出し惜しみ出来ません。まあ、これは当たり前です。これが、守れていない小説は、推理を全然楽しめません。作者だけが神のごとく、犯人を特定するだけで、読者は馬鹿にされたような感じがします。プロの作品には、絶対ありません。

ただし、あくまで基本的にはです。ミステリー幼年時代は、完全に守らなければいけなかったのが、読者のレベルはものすごくアップしてます。だから、全部開示していたら、すぐ犯人がわかって、読者自身が満足しません。ですから、現代の作家さんは、この有力な手掛かりを上手に隠すかで、腕を競い合います。あまりに下手だと、読者からアンフェアと死刑判決を受けます。まあ、ここまでは、ミステリーファンとしては常識。釈迦に説法でしょう。

長くなりましたので、最後に、フェアかアンフェアかで論争になったのが、アガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」です。僕は読みましたが、ちっともアンフェアだとは感じませんでした。むしろ、見事なトリックだと感心して、さすがは、ミステリーの女王とうなったものです。

当時の読者が、原理原則に厳しかったことがわかります。時代を超えて楽しめるこう言う作品が、名作中の名作なのでしょう。では、また、来週。

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